列車ダイヤについて -- 3ー71 円安はそんなに悪いのか?
2022年4月30日
3ー71 円安はそんなに悪いのか?
最近悪い円安が、話題になります。
悪いことばかりでなく、少しは良いことも有るのではないかというのが、今回のコラムです。
マスコミは、燃料価格をはじめとする、物価高騰などの問題点を報道します。
これは妥当です。今の政権の政治は、まことに良い事ばかりですと言いだしたら、マスコミの
存在価値はありません。取材した事実に基づいて、政権を批判的に報道するマスコミがあって、
一般の人が情報を得ることができるからこそ、民主主義が成り立ちます。
それでは、為替相場について、歴史的に見てみます。
1995年4月19日、1973年に変動相場制が導入されて以来、円の最高値となる1ドル79.75円を記録しました。
歴史的円高が問題となり、日銀が当時、史上最大規模の為替介入を行ったことなどで、円は急速に下落し、9月には100円台まで戻しました。
その頃、私は長期海外出張で、中米の国に居ました。それ程悪い円高ではありませんでした。
会社の給与は、日本円で日本の銀行口座に振り込まれていましたから、外貨に変換すると、有利でした。私が居た国の通貨は、
対ドルで年に10%位、通貨安になっていましたから、円高も困るけれど、円安も困るのではないかと思いました。
為替相場が、短期間に急激に変動するのは良くないでしょうが、長期的に自国通貨が、通貨高や通貨安になること自体は、
一種の調整機能ですから、悪いことではありません。固定相場制より優れていると判断して、変動相場制になっていると思います。
為替相場が変動した時、「これは大変だ。困った、困った。会社の業績が悪いのは、為替のせいだ。」という経営者がたまに
いますが、これは良くありません。為替相場が変動するのが悪いのではなく、やるべき事をやらず、
業績が悪いのを、すべて為替のせいにする経営者のほうが、よほど悪いと思います。
1995年の歴史的円高の後、数年後には、米国の政策もあり、ドル高になりました。この時、米国の企業は、
海外の工場に生産を委託して、ファブレスにした企業が多くありました。
その時、研究所は米国に残して、研究・開発・設計に集中し、ソフトウェアが得意な企業などで、業績を拡大しました。
1980年代1990年代に、円高になった時、日本の企業も、生産を海外に移転しました。
オフショアビジネスなどが話題になったのですが、日本の研究・開発拠点と、海外の工場との連携があまりとれてなく、
日本に工場があった頃の経験があるエンジニアと、オフショアビジネスで、発注書などしか書いたことのないエンジニアとの
技術力の差が問題になりました。日本の研究所では、市販される製品に結びつかないような研究ばかりになった所もありました。
1980年代までの、日本に工場があった時代は、工場のエンジニアが言われたことだけをやるのではなく、
研究所・試作・大量生産が有機的に結びついて、米国からも注目される存在でしたが、
1990年代以降、色々なことが逆転しはじめたのかというほど、日本の技術レベルの相対的優位性が失われました。
工場などの現場は強いが、経営者がビジョンを持っていないといわれることもあります。
しかし、起業して一代で大会社にした人ならリスクをとることもできるでしょうが、
一般社員として入社し、出世して社長になった人が、大きなリスクをとることができないのも理解できます。
2年とか4年の取締役の期間中、大きな外部変化がなく、無事に乗り切りたいと願う人も居ます。
以前、ドラマで、起業して一代で大自動車会社にした人が、4輪車の開発で、
「失敗したら、また、バタバタからやり直せば良い」と言っているシーンがありました。バタバタは、このメーカーが
最初に造った、原付き自転車のことです。
マイクロソフト社は、1975年にビル・ゲイツとポール・アレンによって創業された、IT企業です。
Windows95が大成功を収めていたころ、ビル・ゲイツ氏は、このままでは会社がダメになると思うほどの危機感をもって、
デスクトップのデザイン以外は、まったく一から開発した、Windows95とは異なる、
WindowsNTを開発しました。その過程が、G.Pascal Zachary (著) 「Showstopper!」に
描かれていますが、開発チームリーダーとして、DECのエンジニアのデヴィッド・カトラーをスカウトした時、
DECでの開発チームのなかの希望するエンジニア100人余りをすべて、マイクロソフトで雇用するという条件を受け入れ、
デヴィッド・カトラーのチームは、ほとんどマイクロソフト社の経営陣と相談することなく開発したそうです。
ビル・ゲイツ氏が創業者だからできることで、普通の上場企業の社長が、新製品の開発に失敗して、危機になったけれど、
内容はなにもわからないと言ったら、株主総会で大問題になります。
起業家でなくても、今から考えるとかなり思い切ったことをした人も居ます。
日本人のエンジニアですが、海外出張中に、空気バネのバスが導入されるという広告を見ました。
そして、電車に空気バネを採用しようと思い、帰国後、スクーターのチューブを使って、
電車用の空気バネの試作品を作り、鉄道用の空気バネを世界で初めて実用化することに繋がりました。
再び、現在進行中の円安の話題に戻りますが、私は、日本国内に工場を復活させるのが良いのではないかと思います。
工場は、日本各地に作られることが多いです。ロンドンのシティ・オブ・ロンドンの金融業で利益を上げるようなビジネスより、
一極集中を緩和するようなビジネス・モデルのほうが日本には向いていると思います。
工場の生産現場があって、生産と研究・開発が有機的に結びつくという日本の特性は変わっていないような気がします。
工作機械の生産という現場があって、モジュール設計とか、CommunicationとComputerとControl
を一体化するというコンセプトが生まれたというような特性は変わっていないような気がします。
どのような産業を誘致するとしても、ソフトウェアーがあらゆる事業分野で重要な位置を占めているということを十分に
考慮する必要があります。アーキテクチャーやアルゴリズムを前もって決めることが重要ですが、
それが各種の事業分野で重要になります。
とりあえず始めてみて、ある程度関係者の間に共通認識が得られるようになってから、関係する法律などを
整備するという考え方とは相容れない面があります。
例えば、戸籍のデジタル化が話題になっています。
戸籍謄本の受け取りが容易になるなどが、話題になっていますが、
根本的に、マイナンバーと住民票と戸籍謄本がすべて必要なのかが釈然としません。
特別定額給付金の給付に関連して、マイナンバーと紐付けられた金融機関の口座を登録することになりました。
特別定額給付金の給付は世帯主にまとめて行うということだったので、
マイナンバーと紐付けられた金融機関の口座が登録されていたとしても、あまり状況は変わらなかったのではないかと思います。
一方で、遺産相続に関連して、亡くなった人の一生の間のすべての戸籍謄本を取得することが遺産相続のために必須です。
遺産相続の権利があるすべての人を特定するためです。
また、亡くなった人のすべての金融資産を特定するのも簡単でない時があります。
いっそのこと、すべての金融機関の口座をマインバーと紐づけて欲しいと思うほど複雑です。
ポイントが得られるとなると、(私のように)公金受取口座を登録する人もいますが、
根本的な課題は、法務大臣と総務大臣とデジタル大臣が、
マイナンバーと住民票と戸籍謄本の位置付けについて話し合うことだと思います。
駐車場の出口の精算で混雑して渋滞になることがあります。
ETCが広まりはじめた頃、高速道路のように民間の駐車場にもETCを使った精算が広まるのだろうと
思いましたが、そうはなりませんでした。
理由ははっきり知りませんが、行政をデジタル化する時も、とりあえず今年度の予算を確保するという発想から離れて、
民間への波及も含めた全体像を皆で議論して定める必要があります。
常に新しいアプリを開発するための予算を獲得するという目標では、多くの無駄が発生します。
リリース直後のアプリには、バグが発生することがありますが、ユーザーが増えて、バージョンアップを
重ねると使いやすいアプリになります。
コロナワクチンの接種予約システムや、VRS、COCOA、ワクチン接種証明書アプリのシステムは、
インフルエンザに関連してほとんどそのまま使えるのではないかと思います。
そのためにも、現行のシステムの成果、課題などの情報を公開すべきです。
インフルエンザの予防接種の予約が始まる時期に、毎年クリニックに電話が繋がらなくなって困るという話をききます。
クリニックの受付の人は、1日じゅう電話が鳴りっぱなしで大変だった、という発想から、
今日は、すべてのお客さんに十分なサービスを提供することができなかったという発想に変える必要があります。
予約システムの設計は専門家に頼めば良いのですが、予防接種は、医療専門家でないとできないけれども、予約業務は
できるだけ人手を介さずに合理的に行うという発想にならなければなりません。
マイナ保険証を使うと、診察料が高くなるそうです。ほとんどの民間病院が、国が決めた診療報酬の基準に
したがって売上を計上するという仕組みがDXの推進の妨げになっているのかもしれません。
患者に対する過去の医療行為が簡単に確認できるようになって、医療専門家が聞き取りに要する時間が短縮できるので、
診察料を安くするのが当然ですが、国が決めた診療報酬の基準があることで、自らの発想で事業活動の方針を決める
動機付けが失われます。これは医療に限ったことではなくて、システムの設計はどうでも良いというと問題が発生するかもしれませんが、
デジタル化に適した業務の方針や手順はどのようなものが良いのかを決めることのほうがはるかに重要で、
関係者すべてが参加して検討する必要があります。
IC乗車券を使うと、わずかですが紙の切符より安くなります。切符の補充や回収の手間がはぶけるのと、
切符が詰まったりすることのないIC乗車券を広めようという判断です。
NFCの読み取り装置がついた改札機の導入にお金がかかるから、IC乗車券を使うと、紙の切符より高くしようという
発想では企業経営はできません。法律や条例を決める人や、行政にかかわる人も、ITの専門知識はなくてもかまいませんが、
行政をデジタル化するにあたって、多くの人がどのように考え何を希望するかの
常識をもつことは必須です。
高度経済成長時代の、数値制御の工作機械が出来た頃の日本は、「ヤミ研」という言葉があったり、とんかつ屋で設計会議をする
設計課長がいました。それを21世紀に行うのは、時代錯誤です。
ただ、「ヤミ研」は、言葉から想像するほどブラックではなかったです。正式なプロジェクトでなくても、
ある程度関係者の間に合意があれば、残業時間に、会社の設備や材料を使って、開発しても構わないという
ような仕組みでした。高度経済成長の頃は、管理も適当でした。バブルが弾けて、管理が厳重になり、
ジョブ型雇用なども取り入れられましたが、経営者がリスクを避けるための手段になり、
あまりイノベーションには結びつかない例も多くあります。
最近の事ですが、やってみればできるようになる一例だと思ったのが、東海道・山陽新幹線の、乗務員の人による英語放送です。
数年前に始まった頃は、意味不明の放送もありましたが、(私のヒアリングの能力の問題かしれません)
急速に上手になりました。外国語の能力は千差万別ですが、聞きたい人には意思疎通できるが、
法廷で反対意見を持った人を説得できるほどの能力を持った人は少ないと思っています。
英語で案内放送をするという業務手順を決めることで、
海外からの観光客に話しかけてみようという従業員を増やす効果があると思います。
私は英語をはじめとする暗記の教科が苦手でした。
高校の頃に、”I wish I were a bird.” という文について
なぜ、I was ではないのか、質問したことがあります。とにかく暗記することだといわれて、
さらに英語が嫌いになりました。しかし、後にイギリス人の比較言語学の教授と定期的に話すようになって、
言語学は面白いものだと思うようになりました。
長期海外出張で、中米の国に行って、スペイン語の勉強をした後、
wasは、一人称の直接法の過去形、wereは、この場合は、一人称の接続法の過去形で、
英語は、be動詞以外は直接法と接続法が同じ形になったという説明を、その先生から聞きました。
英語が苦手な人も、業務で英語を使うことにするという新しい業務手順から、あたらしい事業分野が開拓できるかもしれません。
また、英語は暗記科目という概念から離れて、言語学を理論的に学ぶということが、
業務手順をデジタル化するとしたら、どのように概念的に考えればよいかということの
ヒントになるかもしれません。
このサイトのページを見て、tableタグを使うのは、20世紀のエンジニア、現在は、divタグを使うという
コメントをくれた人がいます。まさにそのとおりのように思います。
使っている技術は、クラシックカーかもしれませんし、最新技術は、新しいエンジニアに尋ねることになりますが、
業務手順のデジタル化については、全員参加で考える必要があります。
これらは一例ですが、21世紀型の業務計画の立て方が重要になります。国の予算を立てる時も、
デジタル技術は専門家の説明を聞くとしても、どのような業務執行のやり方が良いかは、
全員参加で考えなければなりません。